かすみがうら 3LDK旅行記
はじめてのIKEA♪ PS.ジャニーズ会えず・・・。(by ゆうゆうさん)
最近、ホルモンのバランスを崩して、体調が悪くて、引きこもりがちでしたが、
精神的なものも多少はあるらしく、少し元気になってきたので、
みんなで前から約束してたIKEAに行って来ました!
すごく大きくて、IKEA島みたいでした。
人も、ものすごく多くて、子供が遊べるとこや、座って休憩できるところもちゃんとありました。
一回には、椅子や、テーブルや、日用品や、食品が売っていて、
軽くおやつ程度のものーホットドッグ¥100・ソフトクリーム¥50が売ってました!
安っ!!
二階を見上げると、人が食事している姿が。
着いてすぐ、小腹が減ったので、二階の食堂へ。
並びながら、4人でワクワクしながら。
びっくりしたのが、
青いロールケーキ!!!
トマトソースパスタ・フライドポテト・カレーライス・肉団子・サラダ
を注文。サラダは自分で好きなものを取り分けます。
¥2700
正直美味しくなかったです。残しましたごめんなさい。
「一階のホットドッグ食べときゃよかった」
って4人とも同じ意見。
「まぁ、楽しみのディナーがあるし」
と気を取り直して、一階に戻りました。
食品もコーヒーや紅茶、二階で食べた肉団子、そのほかにもチョコやジャム
沢山ありました。
グラスも安くって。
一階は倉庫のようになってました。
再び二階に上がり、一周。
部屋のようにディスプレイがしてあり、2LDK、3LDKの家をIKEAスタイルにしてありました。
とてもわかりやすかったのですが、どれをどう買っていいのか・・・。
友人は子供用品(コップ・フォーク・椅子)などを購入。
混んでいるので、レジに言ってる間私達は見て回ることに。
いろんな家具が本当に安くって驚きです。
おしゃれな家具が安くて素敵でしたよ。
かなりの時間が経過・・・
友人から電話が。
「どこ?」
「寝室のとこ」
「階段のとこで~」
ってことで、向かいました。
??????
階段のとこに戻れません!!!
「同じとこ戻ってない?」
「え~!どこ~?」
広すぎて戻れません。
仕方なく、矢印に従いさっき通ったところをまた通り、→見ながら・・・
やっと到着。
汗かきましたよ。
狐につままれる系です。
そろそろ歩き疲れたし、ディナー行きますか!?
と、車に荷物を積んでいざ!
久々も久々の
『イタリアンダイニング さくらこ』
に到着~。
?・・・なんか様子が変・・・。
近づいてみると・・・
「移転の為一時閉店」
!?!?
「え”~~~~~!!!!」
4人声がそろいました。
友人の一人はジャニーズファンなんです!
「生田斗真くん、横山裕くんが写った写真に会いに来たのに~」
ってかなりローテンションに・・・。
私のお腹はここの料理が恋しくて恋しくて泣いていました・・・。
久々にやっと食べに来れたのに、私が引きこもっている間に
こんなことに・・・。
お店の中を覗くと、椅子がまとめて並べてありました。
生田斗真くんが座った椅子も、横山裕くんが座った椅子も、八光さんが座った椅子も
もうどれかわかりません・・・・。
仕方が無いので、もう帰りました。
帰って彼に言いました。
そしたら、
「知ってるよ」って!!!
質問攻めにしてやりました。
オープンする為の準備中との事。
ショックでしたよ~
ていうか、教えといてよ!って感じです!
知ってるものだと思っていたらしいけど!
さくらこの料理食べたかったのもありますが、
マネージャーさんと久々に話したかったんです。
前に、一客でしかない私の相談に真剣にのってくれたんです。
いきさつは、何度か行って、馬鹿話とかするようになり、
芸人さんみたいに面白い人で、いつも話したりしてたんで、
なんとなく話しやすかったのと、新しいご意見を聞きたくって。
周りの人が言わないような事も「はっきり言っても大丈夫?」と
聞かれ、「はっきり言ってほしい」と言うと、色々言ってくれたんです。
いい人そのものです。
桜子さんに会いたかったな~
「私でよければいつでもできることは言ってください」って
携帯番号を書いた名刺をくれたんです。
実は財布を紛失してしまい、名刺もその中に・・・。
早くオープンしてほしいものです。
ショックのせいかあれからまた体調がすぐれません。
また少し復活したら、
気を取り直してどこかに出かけたいものです。
さくらこ情報知ってる方、教えてくださいね~♪
江蘇・蘇州に、江南の人々の生活を垣間見る(by 彷徨人さん)
人恋しい 日差し恋しや 冬の旅
ウイークデイの午後の便は、比較的空いており、いつもの通路側の15のCの席を確保、のんびりと上海に向かった。最近本屋で見つけた『堀田善衛上海日記 滬上天下1945』という本をこの旅の間に読み上げようと、持参していた。1945年8月敗戦後、上海にいた邦人が、敗戦国の民として、この上海でどのように生活していたか興味があり、早速読み始めたら、久しく会わなかった知人が声を掛けてきた。彼を隣の空席に座わらせ、最近の中国の景気や、彼の中国での仕事の話を聞いていたが、いずれも厳しい状況にあるようだ。
飛行機は定刻に到着、入国手続きも、珍しくスムースに終わり、荷物を受け取り、そこで知人と別れた。税関を過ぎ、入国出口前は、いつもよりは人出は少ないが、その中に、迎えに行くと言っていた黄さんを見つけ、正直ほっと一安心。空港からまっすぐ上海駅に行き、動車組列車に乗り、約30分余で蘇州に到着。蘇州駅の裏手では、北京上海間の新幹線工事(京滬快速火車)と、上海南京間の高速鉄道(滬寧際鉄路)の工事が同時に始まり、取り壊しや、整地などが進んでいる。街は夕方のラッシュに入り、道路も込み始めている。観前街は、相変わらず結構な人出である。景気が後退しているとは言え、人出は多く、それだけでも何やら活気が見られる。商店街はバーゲン中であろうか、ショウウィンドに貼られている割引のチラシを見ると、ほとんどが“6折”や“5折”となっており、中には、“1折”まで見られる。つまり、1掛け、すなわち9割引と言うことになり、これでは投売りの状態である。中国でも、この不況で庶民の財布の紐は、一段と固くなっているのだろう。商店街を通り抜け、路地に入ると、劇場のスピーカーから“評弾”の引き語りが流れてきたが、ああ、又江南に来たのだと、気分も盛り上がり、その調子に合わせながら、ホテルへと向かった。
この観前街から程近いところに、小黄の奥さんのご両親が住んでおり、夕方、小黄がホテルに迎えに来てくれ、実家に案内された。早速、お母さんの手料理による江南地方の家庭料理を振舞っていただくこととなった。冷菜5品、そして蒸し魚の『清蒸桂魚』が出され、その間、勧め上手なお父さんが、盛んに“来、来、来”と言いながら老酒を注がれるのである。つい日本の習慣で“乾杯“と言うと、グラスに残った酒を見て、飲み干してないではないかと言いながら、又注がれるのである。
やがて今日のメイン料理が運ばれる。“塩醤蟹”、一般には“面○蟹”〈○は手偏に施工の施の旁)と呼ばれている上海蟹の家庭料理である。まず上海蟹を背中から二つに切り、その切り口に小麦粉をたっぷり付けて、フライパンに油を引き、その切り口の小麦粉が黄金色になるまで炒める。老酒、生姜、塩、醤油、それに砂糖少々を加え、水を入れて15分ほど煮込む。残った小麦粉を水で溶き、それを加えて、更に煮込む。水気が少なくなり、蟹に小麦粉の膜が着き始めてきたら、刻みねぎを入れて出来上がりである。手などが汚れるし、蟹のエキスが滲みこんだ小麦粉を、蟹肉と一緒にずるずると食べるのであるから、レストラン料理とはならず、嘗めたり、ズルズルさせながら、親しいもの同士で食べる、楽しい家庭料理である。
翌日は、穏やかな小春日和であった。タクシーで陽澄湖に向かう。陽澄湖は行政上は蘇州市であるが、蘇州市の直轄部分と、蘇州市の行政下にある昆山市に属する部分とに分かれている。まず蘇州の工業園区を通り、国道を走ること30分、大きな湖が見えてくる。しばらく湖岸を走るが、ホテルや、ゴルフ場、お寺などが散在するが、この地区は蘇州市直轄の陽澄湖である。今も湖畔は整備されつつあるが、確かに聊か寂しい湖岸である。蟹の養殖場とか、レストランは昆山地区の巴城鎮に多く集まっていると聞き、約17キロ、湖岸に沿って走る。次第に道路沿いにレストランが立ち並ぶ風景が見えてくる。そのあたりはやや湖から遠ざかり、水路などに沿って、舟形のレストランなどが見える。やがて賑やかな路上の市場を過ぎると、両側にレストランが立ち並ぶ大通りとなり、更に進むと、突き当たりに、蟹の大きなモニュメントのある公園に行き当たる。陽澄湖水上公園である。そこで車を降り、この公園に入る。公園内を10分ほど歩くと、陽澄湖の湖畔に再び接することができる。湖畔に沿って、散策道がある。それを辿って行くと、目の前に小さな島が見える。島には橋が架かっており、洋館風の、2階建ての建物が2棟建っている。橋を渡り、小島に入ると、高級車が5,6台停まっており、建物の中で食事をしている人の顔をが見えた。間もなく正午、急にお腹が空いてきたので、中に入っていった。しかしここはどうやら会員制の場所であるらしく、入室を断られたのである。こうした風光明媚な小島を占有できる人たちとは、社会主義の国ではどのような人たちなのだろうか。やはり、不思議な国の不思議な仕組みがあるのだろう。
水上公園の前から東に上る大禹路沿いのレストラン街に向かったが、そこには同じような、しかも店の名前には必ず“蟹”が入ったレストランが多く並んでいる。店の前に車が多く駐車しており、ガラス越しに見える店の中が賑やかそうな店を選び入った。『品蟹楼』という名のレストランである。個室に入り、まずは燗をした老酒を注文したら、ヤカンに入れて出してきた。それを呑みながら待つこと30余分、今度は、注文したものが一気に出された。この国で、時に戸惑うのは、客への配慮より、己の都合でことが運ばれるということである。散々待たした挙句、皿に載せれば出せる冷菜と、聊か手が掛かる温かい料理が,同時に出されてくるのだ。しかも、しかもである。スープは味が無い白湯であり、蟹粉豆腐は塩の塊が入っており、塩辛くて食べれない。その値段が上海の老舗上海老飯店の55元よりも10元も高いのだ。これに一々腹を立てていては中国旅行は出来ない 。我慢である。食後は、散歩がてら蟹の養殖場が並ぶあたりを歩いて見に行った。冷やかしで入った店で、結局、蟹を買ってしまったのだ 。帰りはタクシーが拾えず、バス停付近で闇タクを探し、蘇州のホテルまで、100元で戻ってきた。
その日の夕方、午後5時ごろに、小黄の家を訪問した。入り口にはガードマンがおり、中に入る人をチェックしている。この中には5棟の建物があり、小黄邸は、A棟の一階にあった。床面積は146.44㎡、共有面積の持分が12㎡であり、間取りは、いわゆる3LDKプラス書斎または、ユティリティに利用できる小部屋、である。購入価格は、スケルトンで、およそ80万元。内装工事は友人に依頼し、しかもフローリングや、内壁や天井に使うビニールクロス、電線などの資材の一部を、別途購入して現物支給したので、内装費は破格の6万元ぐらいで収まったようである。その他、家電、家具、備品などを含めても、約20余万元であるから、購入総額はおよそ100万元だったようだ。購入資金の捻出は、今まで住んでいた家を42万元で売却、会社での住宅積立金(住宅公積金)が夫婦で12万元、両親と叔父さんから30万元、妹から20万元ほど借りている。親戚兄弟からの借り入れは、無利息で、期限の定めがないようであるが、既に叔父さんからの借り入れは返済したようである。いわゆる親戚間の結束が、中国では未だ強いのである。
取引に際して、不動産取引税(地契税)は2%(現在は1.5%に引き下げられている)、144㎡超の部屋は5%の消費税?が必要である。その他印紙税や登記手数料などが必要である。管理費は、専用延床1㎡当たり月額1元、駐車場は、地下の駐車場の使用権は8万元、敷地内の地上青空駐車場は、月額使用料は150元から200元である。修繕積立金は、購入時に一時金で支払うとの説明があったような気がするが、もうひとつ良くは理解できなかった。早速、新しい家の隅々まで見せてもらう(写真参照)。
中国のサラリーマンの住宅事情について、小黄に聞いてみた。結婚後、会社の社宅に住むことになり、その後、子供が出来、少しい大き目の社宅に移転、子供の成長に伴い、更に大きな社宅に引越した。1998年に個人の住宅持ち家制度の施行により、住んでいる社宅を、会社から購入することが出来、21,000元で購入した。購入資金は、個人と会社が半々ずつ出して積み立ててきた住宅公積金が3,000元あったので、実際に支払った現金は18,000元であったそうだ。その後の景気の上昇による、不動産ブームで、それが20倍、30倍で売れ、それを元手とした住宅の買い替え需要が増加し、いわゆるマンションブームがこの3、4年続いて来た。しかしこの不況で、不動産価格が暴落し始めたと言われ、しかも上海株式の暴落で、親戚間の金銭の貸し借りの清算が、躓き始めているようで、中国の家族関係にまで、今後影響が出るのではと危惧している。
色直し 皿に雌雄の 上海蟹
やがて、ダイニングの食卓には、11種類の冷菜が並べられ、乾杯で食事が始まる。僕の好きな老酒、石庫門黒標が用意されており、その心遣いがとても嬉しかった。話題は、最近の景気や、仕事のことから始まり、カナダ留学中の娘さんの話に至ると、酔いも手伝ったのか、次第に一家は蘇州弁となり、嬉しそうな話し振りになるのだが、僕にはまったく理解できなくなるのだ。この娘さんが四川省の成都の大学に在学していた時、僕は、黄龍・九寨溝の帰りに、彼女の大学を尋ねたことがある。そして許可を得て、男子禁制の女子寮の部屋に入れてもらったのである。あれは、もう何年前のことだったのか。酔いの勢いで、今度はカナダの彼女の大学の女子寮に、彼女がドクターの学位をとる時に、一緒に行きましょうと提案しておいた。
やがて、生きている時は長江の水のような色をしているが、蒸されると鮮やかな朱色に変わる大閘蟹(上海蟹)が、ボウルに山盛りに載せられて出されてきた。それまで賑やかだったが、蟹が運ばれ、食べ始めるや、場は次第に静かになっていく。雄をやっとのことで平らげたが、更に一匹勧められ、黙々と挑戦。そして、今度は雌が運ばれてたので、引き続き僕は沈黙のまま、雌の解体に入った。テーブルは、いつの間にか、無残にも、蟹の甲羅や肢のガラが山となっているのである。上海蟹が据え膳で食べられるならばよいなあと、不器用な僕はいつも思うのだが、苦労して食べるからこそ美味しいのかもしれない。甲羅に、老酒をいれて飲んでみる。よい味である。まさに至福のひと時である。やがてお開き、奥さんの弟さんの車でホテルに送ってもらう。
翌日は、上海に戻り、12時半ごろから、いつものように上海老飯店でゆっくりと昼食をとる。昼間のお酒は酔いが回り易く、聊かのご機嫌で、空港に向かい、夕方の便で帰国する。今回の中国滞在時間は、僅か50時間であった。(第52回)
【旅行時期】2008/11/28~2008/11/30
【エリア】
蘇州
【テーマ】
グルメ
【投稿者】
彷徨人
①華人の街、イポへ(by アリヤンさん)
ランカウィ島のチェナン・ビーチに1ヶ月滞在して、、、
このまま動くのがめんどくさくなって、
「気候も暖っかくて、ビールも安いし、スコティッシュのジミーさんみたいに、3LDKで一軒屋、RM500/月の家が借りられれば、家賃も安いし、自炊すれば食事も困らんし、、、
ランカウィに住みつくのも、悪くないなあ、」
っとなるのが怖くなった。
何とか島を抜け出して、新たなタビに出ねば、エライことになる。
かくして「緑の楽園;ランカウィ」から動き出すことになった。
まず、島の中心都市、クアに出て船に乗る。
対岸の本土、クアラ・ケダ(アロースターの港)⇒アロー・スター⇒イポ⇒キャメロン・ハイランドへ向けて出発だ。
ビーチから高原に、場所を変えるのだ。
「常夏の楽園」から「常春の高原」に移住します。
どんなに交通機関がうまく繋げても、最低、6時間はかかりそうだ。
「発展途上国では、その倍の時間が掛かる」と覚悟せねばならない。
よってイポーで一休みしてから、高原に向かうこととした。
For emergency pages;
http://www.geocities.jp/ariyan9909n/eurasia3_072.html
【旅行時期】2009/03/10~2009/03/10
【エリア】
イポー
【テーマ】
【投稿者】
アリヤン
かすみがうらマラソン フルマラソン参戦記 (by どーもくんさん)
参加人数2万5千人。東京マラソン、湘南国際マラソンに並ぶ、国内最大級のマラソン大会です。
私はフルマラソン3回目の挑戦です。昨年もかすみがうらマラソンには参加していますが、その時は10マイル(16キロ)での参加でした。コースは霞ヶ浦湖畔の田園風景の中を走る、茨城県らしい
、レンコン畑が広がる景色は、普通の旅行では味わうことのできない、素朴な土地柄に接することが出来ます。
前半は丘の上の比較的新しい街並みや風景の中を走り、後半折り返してからは、旧道の昔ながらの街並みを縫うように走ります。
元々早くもないのに、途中カメラで写真を撮りながらの、ランニングでしたので、タイム的にはノンビリペースになってしまいました。でも、とても充実の1日でした。
バンコクの住宅事情 スクンビット編(by ちんちくりんさん)
バンコクの中心地スクンビットにあるマンションです。
賃料は日本円で3万円台から300万円までピンキリですね。
100万円を超えると1000平米以上の豪華な部屋が多いです。
日本のマンションとの一番の違いはその広さでしょうか。
駐在員クラスの住居の広さは約200平米から300平米程あります。
60平米から80平米の日本の住居とは比べものになりません。
只、日本のように細かいところまで手が入っているわけではなく作りも大味ですね。
水のトラブルや電気関係のトラブルも日常茶飯事です。
インターネットが特に遅くイライラします。
敷金や礼金といった概念はなくデポジットとして家賃の2ヶ月もしくは3ヶ月分を預ければパスポートだけで借りることが出来ます。
大きさはちょうど3LDK・4LDK程度の間取りが多いですね。
只、暑い国ですのでエアコンをつけっぱなにしますので電気代はかなり高いです。
もちろん広さに比例します。
通常のどのマンションもプールやフィットネスは完備されています。
メイドサービスなどを完備しているところも多いです。
メイドさんの給与は1ヶ月3万円程度です。
人件費が安いので運転手や数人のメイドを雇っている方も多いです。
日本のスーパーも多く進出していますので生活には困りませんね。